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田代有三(鹿島)、藤本淳吾(清水)、長友佑都(FC東京)。日本代表にも名を連ねるJリーガーたち。彼らに共通しているのは、特別指定選手として大学時代からJリーグでプレーした経験を持つことだ。そして今年、広島県から西河翔吾(徳島)に次ぎ2人目となる特別指定選手が誕生した。広島経大4年の長谷川博一だ。
サイドだけでなく、中央からも縦横無尽に仕掛けるドリブラーとして中国地方で名を馳せた男が、九州に本拠地を置くJリーグチームにスカウトされるきっかけとなったのは、昨年夏。同大とサガン鳥栖との練習試合がきっかけだった。プロを相手にしても積極的に仕掛ける姿勢が関係者の目に留まり、今年2月、特別指定選手となった。「自分がそうなったことで、中国地方にも注目してくれると思うので、自分はその代表としてレベルの高さを見せたい思いが強いです」。関東や関西の大学リーグに比べ、知名度も人気も低い中国地方の看板を背負っている自負が、長谷川にはある。実力に関係なく、中国地方の大学ということだけで下に見られることに「見返したいという気持ちは強い」と反骨心を剥き出しにする。
春休みの間は、サガン鳥栖に帯同。昨夏触れたプロのレベルを今度は肌で感じた。「1つ1つのレベルの高さが違う。最初はついて行くだけでやっとでした」。それでも長谷川も生半可な覚悟で臨んだわけではない。「経験を積むだけではなく、試合に絶対出てやるっていう気持ちでやっていました」。プロの厳しい練習の中で揉まれ、成長していく自分を感じた。そして練習試合の相手も、もちろんプロ。激しさを感じながらも、自らの武器が通用する手応えも感じた。「前を向いた時の仕掛ける1対1のドリブルは通用していたので、もっと伸ばしていきたい」。大学に戻り、7月に行われる総理大臣杯と天皇杯予選では、成長した姿と同大の力を全国に見せつけるつもりだった。
しかしそんな矢先、アクシデントは起こった。6月26日の大学の練習中に負傷。診断の結果は、左ひざ内側靭帯損傷で全治6週間だった。長谷川不在のチームは総理大臣杯で1回戦敗退。天皇杯予選も準決勝で敗れ、本大会出場はならなかった。「悔しかったです。チームに迷惑をかけてしまった…」。鳥栖で得たものを発揮できなかった悔しさと、チームの力になれなかった無力感に苛まれた。
それでも長谷川は前を向く。これまで歩んできたサッカー人生も決して平坦なものではなかった。サンフレッチェのジュニアユースからユースに昇格できず、進学した観音高でもレギュラーを獲得したのは3年になってからだった。這い上がろうとする精神力が長谷川をここまで強くさせた。
大学生活で残された大会は、12月の全日本大学サッカー選手権のみ。「広島経大はまだ全国で勝っていないので、初勝利を狙います。そして鳥栖が契約してくれれば、そこをスタートとし、サッカーで成功できるように頑張りたい」。
この先何があろうと、長谷川という男は這い上がる。 |