連載コラム
COLUMN_02:めでぃあリレーこらぼ
[テレビ新広島]
石井百恵のスポーツもぎたて情報(2012年2月号掲載)
スポーツ界の多くが新シーズンを迎えるこの時期は、ニューフェイスの登場にワクワクする一方で、移籍や引退など、節目に直面する時期でもあります。
この冬、引退した選手の一人が、中国電力陸上部の油谷繁さんです。数々の世界大会で日本代表として活躍。2004年のアテネオリンピックでは、日本男子マラソン最高位となる5位に入賞しました。そんな油谷さんも昨年34歳を迎え、引退を決意しました。「自分の持ち味である試合に合わせて調整していくというのができなくなってしまったこと、感覚と体のずれを感じるようになったことが、引退を決意させた」と話しました。
その引退レースとして選んだのが故郷山口県で行われた12月の「防府読売マラソン」。11月末、数々の功績を残した選手のラストランを見守りたい、と取材に訪れると、右足の股関節を痛め、練習さえできない状態でした。その後も悪化の一途。しかし、自分で決めたラストランに出場しないという想いはありませんでした。「結果は出せないかもしれない。でも、悔いのないように。そして、これまで応援してくれた人に感謝の気持ちを伝えるために走りたい」と無理をおしてレースに臨む決意を口にしました。
走れても5キロが限界と言われる状態で迎えた当日。レース前、アップですらできないという中で臨んだラストラン。しかしいざスタートすると、油谷さんは走り続けました。序盤から足を引きずりながらの展開でしたが、限界と言われた5キロを大きく上回る30キロを走りぬいたのです。結果は途中棄権でしたが、途中棄権という言葉だけでは終わらせないだけの想いをのせたレースでした。痛みと戦いながらも、心の強さを見せてくれたラストランでした。
走り終えた油谷さんを出迎えたのは、チームメイトや応援団のみなさん。その17年間の選手生活のゴールを温かく出迎える人たちの姿がありました。油谷さんの顔には、リタイアした無念ではなく充実感に溢れた笑顔が溢れていたのが印象的でした。
引退後は、チームの専任コーチとして新たな道を進む油谷さん。「世界で戦える選手を育てたい」と夢を語ってくれました。沢山の経験を積んできた油谷さんがコーチとしてどんな手腕を発揮していくか。ゴール後のウィニングランを見るような想いで楽しみにしています。
テレビ新広島アナウンサー
スーパーニュースなどに出演。多忙を極める中、サッカー観戦や小旅行、スキューバダイビングが趣味と、公私ともに行動派な一面を持ち合わせる。